タグ: 袋井市上山梨下町【遊僊車】

2019/07/18

建造実績・二輪屋台:袋井市上山梨下町「遊僊車」後編

これまでに、山本建築の祭り屋台の建造実績として袋井市上山梨下町「遊僊車」について時代の流れに沿って、2回にわたってお届けしてきました。今回はさらに塗装や飾金具、太鼓などの詳細についてのご紹介です。

地覆四隅に下町の発展を願って花鳥の螺鈿(らでん)が施されています。螺鈿とは、夜光貝や蝶貝などの貝殻を、漆で塗り重ねて装飾する技法です。浜縁はあわび貝で、中柱と平桁の青貝は、希少価値の高い夜光貝を採用して、優美な七色の光を放っています。

正面虹梁には紅葉、前欄干の地覆と後手木には牡丹、菖蒲、桔梗、若竹の螺鈿を施して漆地を一段と引き立たせています。浜縁下平面には、前後に鳳凰が羽ばたき、左右には天女が舞う様を金蒔絵で仕上げています。

蒔絵は漆器の表面に漆で絵や文様、文字などを描き、その上に金や銀などの金属粉を蒔いて定着させる技法です。

飾金具では、棒先に“遊僊車”と棒後には“下町”の金文字を施してあります。木鼻には法被の柄である“しも天”等の金文字を入れてあります。

太鼓は、ケヤキを採用した尺八寸、三段鋲のものを新調。慶応年間創業の山本太鼓店(愛知県小坂井町)が伝統技術を注いで手掛けたものです。

町内の方々の思いやさまざまな技術が詰まった祭り屋台が完成しました。ホームページには、他にもこれまで山本建築が手掛けてきた多くの祭り屋台をご紹介しています。宜しければ、そちらも是非チェックしてみてください。

【建造実績一覧】
http://yatai.yamamoto-kenchiku.co.jp/built

2019/07/11

建造実績・二輪屋台:袋井市上山梨下町「遊僊車」中編

前回(http://yatai.yamamoto-kenchiku.co.jp/?p=5447)に引き続き、山本建築の祭り屋台の建造実績として、袋井市上山梨下町「遊僊車」のご紹介です。今回は、屋台の各所や彫刻、近年の美装工事等についてお伝えいたします。

三代目となる「遊僊車」は1990年(平成2年)に新造されました。屋台本体は山本建築が携わり、彫刻は古村木材工芸所(富山県高岡市)、井波彫刻の伝統工芸士・大丸敏夫(富山県高岡市)、車輪は村松勝利、建具は望月義夫が手掛けています。

彫刻は山名神社の祭神を基に神話を題材にして、町民の健康、幸福、繁栄を念願しています。脇障子の表面には神武天皇、天照皇太神、裏面には日本武尊、児島高徳、腰長押欄間には波に亀、波に鯉などが彫り上げられています。

1992年(平成4年)には漆塗りも施されました。漆塗装は、木曽漆器の伝統工芸士として、数々の受賞と瑞宝章の栄誉に輝く荻村浪吉父子(長野県木曽郡)、飾金具は文久元年創業、宮内庁御用達の宮本卯之助商店(東京都台東区)が手掛けました。

2011年(平成23年)には、下町の方々の屋台を綺麗な状態で大切に保ちたいという気持ちにお応えして、漆塗りから約20年を経て美装工事を実施。再び屋台本来の美しさが蘇りました。

次回はさらに塗装や飾金具、太鼓などの詳細について、お伝えしようと思います。

2019/07/04

建造実績・二輪屋台:袋井市上山梨下町「遊僊車」前編

山本建築が実際に手掛けた祭り屋台の建造実績をご紹介したいと思います。今回は袋井市上山梨下町「遊僊車」です。

初代の屋台は、若い人たちの手づくりによるものでした。二代目の屋台は、他町の新しい屋台に刺激を受け、1917年(大正6年)に建造。近辺にない調和の取れた立派な屋台が完成しました。

1944年(昭和19年)の東南海地震により、二代目の屋台は屋台倉庫とともに損壊してしまいましたが、町内の大工の手によって修復され、大事に曳き回されました。

その後、70有余年の歳月による老朽化のため、1990年(平成2年)に三代目となる屋台が新造され、1992年(平成4年)には漆塗りも施されました。

屋台の名称の「遊僊車」の“僊”は仙人の“仙”。仙人は不老不死の法を修めて、神変自在の法術を有することから、町民の長寿と繁栄を願い、お祭りの時には仙人のように高く舞い、楽しく遊ぶという意味が込められて「遊僊車」と名付けられたと言われています。

三代目の屋台は、かねまた木材によって確保された天竜美林の樹齢150有余年のヒノキの銘木を主体として用いています。屋台本体は、山本建築の初代・山本庄平と二代目・和夫が工匠として携わらせていただきました。

次回はさらに屋台の各所や彫刻、近年の美装工事等についてもご紹介していきます。